2012年5月 7日 (月)

個人的読書メモ

『プロ野球名選手読本』(別冊宝島編集部・編/宝島社文庫)
多彩な書き手による名選手列伝調の一冊。矢作征男氏の一遍は異彩を放っていた。

『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル著/鬼澤忍訳/早川書房)
ミーハーかなと思いつつ、きっとおもしろいに違いないと期待して、一昨年のうちに購入。積んであるあいだになんと文庫版が出ていた(苦笑)。
内容は、期待に違わずだった。どのエピソードも喩え話も解説も、真剣に考えつつ読んだが、特に、たくさんページの割かれていたカントの話が興味深かった。自分はカントの考え方には親和性が高いな、と感じた。
後半の展開もスリリングだった。もちろん即座に納得させられたりはしないが、現代における道徳のあり方についてなど、自分なりにいろいろ考えてみるようになった。

このほか、マンガの『まるまる動物記 一』(岡崎二郎作/池田清彦解説/講談社)がおもしろかった。これは、解説まで含めて読むべき本。

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2012年4月13日 (金)

今年の桜の季節

私の住居周辺でも、きのうあたりから桜が満開。
今年は個人的に大変感慨深い桜の季節だ。
とはいえ、花見酒とはいかないのだが。
木の下へいって花を愛でることすら、なかなかむつかしいのだが。

ただ、この春は、新しい感覚がたくさん生まれた。
今まで知らなかったことをいろいろ知った。
私も生まれ変わった春だ。
(そうかといって仏さまのようなすばらしい人間になったりするわけではないが/笑)

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2012年3月23日 (金)

これぞ名作!

『焼きまんじゅう屋一代記』という傑作児童文学がある。私が持っているのは、父から受け継いだ初版本だ(著者は木暮正夫さん、出版社は偕成社)。
これがめっぽうおもしろい。子ども時代に初めて読んでから、二~三度読み返しているが、いつ読んでもやっぱりおもしろい。
物語としてもよくできているし、焼きまんじゅうが成立していく過程も非常に興味深い。
ちなみに、実在モデルに取材したフィクションということだそうだが、著者は主人公・原島類蔵の身内の方に直接お話を伺ったりしているようだ。

他県出身の家人にも読ませたところ、前橋の人々が高崎にあった県庁を担ぎ出すくだりを大いにおもしろがっていた。(家人はどちらかというと高崎びいきなのだが)

ところで、久々に読み返して、「あっ」と思ったのは。
  花が見たけりゃ
  前橋田町
  屋根にあやめの 花ざかり……
という替え歌の歌詞はこの本で見ていたのか、ということ。(元歌は勿論、「お江戸見たけりゃ 高崎田町 紺ののれんが ひらひらと……」だ)
どこで見たのか思い出せずに、ずっともやもやしていたのだ。
いくつか見たほかの文献にはこの替え歌が見当たらず、「でも、確かになにかで見たのにな~」と思っていたのだ。
この本の後書きに記載されている数冊の参考文献にあたれば、もしかしたら出どころが分かるかも知れない。

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2012年3月12日 (月)

個人的読書メモ

『絵になる子育てなんかない』(養老孟司・小島慶子/幻冬舎)
子育てに関しての対談本。全体を通して、養老氏がどことなく投げやりなのが可笑しかった(笑)。
某部分で、小島氏が、養老氏に同意してもらえなくて考え込んだりするのもリアル。(あの件に関しては、久保田カヨ子氏も著書で養老氏と同じようなことを言っていたはず)

『きもので出産!』(きくちいま/河出書房新社)
この著者とは気が合わないな(苦笑)。着物に対する感性も、生活に対するスタンスも。
子連れの着物暮らしに有用なことが書いてあるかと思ったけど、大してなかった。というか、中身自体が薄い。イラストエッセイふうだから仕方ない面もあるかも知れないが。
それにしても、自分も勉強不足の妊婦だと思っていたが(勿論少しは勉強した)、本など書こうという人で私以上に妊娠出産関連の情報に不案内な人がいるとはびっくりした。そんな適当なこと書いて、素朴に信用する人がいたらどうするのだ、と何度か思った。

『「治らない」時代の医療者心得帳』(春日武彦/医学書院)
久々の春日氏著作。おもしろかったし、なかなか勉強になった。質問を読んでいると、若手医師たちがまともな人々であることも感じられて、なんとなく安心感も覚えた。
ものごとをペンディングし、しかも投げ出すのではなく考えつづける、ということの重要性は、確か池田清彦さんも言っていたと思う。三十路も半ばを過ぎて、その意味が私にも分かってきた。

『任意の点P』(慶應義塾大学佐藤雅彦研究室+中村至男)
読んだというわけじゃなく、眺めた。ずっとほしいと思っていて、ようやく買った。

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2012年3月 2日 (金)

白い部分と青い部分

ネギ。
かなり広い家庭菜園のある家に育った自分は、子ども時分からふつうに、ネギは白い部分も青い部分も、傷んでさえいなければ食べるものだと思ってきたのだが。
大学時代に、東京だか埼玉だか出身の友人に、「前から思ってたんだけど、なんで群馬の人ってネギの青い部分食べるの? あなたもそうなんだね」と言われ、衝撃を受けた。ネギの白い部分しか食べない文化があるとは、思ってもみなかったからだ。

あれから××年。
先日、関西出身の家人が、「そう言えば、就職してこっちにきて下仁田ネギの存在を知ったとき、ネギの白い部分をおもに食べるっていうのがすごく不思議な感じがしたんだよなあ」とのたまった。
思わず、「え、関西ではネギの青い部分しか食べないの?」と問い返したが、そう言えばいつだか、ネギと言ったら万能ネギやワケギのような、青い部分を食べるものをおもに指す文化があるというのをちらっと耳にしたことがあるような……。

まあ、こういうことにはスタンダードはないと思っていればいいのだろうが、それにしても、地域ごとにざっくりとした傾向みたいなものはあるのかも知れない、とも思ったりする。

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2012年2月18日 (土)

やがてどんな変化が…?

イクメンとやらいう流行があるが。
個人的には半分賛成、半分反対だ。

男性が子育てに積極的に関わるのは大賛成。男性たちの人生も豊かになるし、女性たちにとっても(家族構成や社会の変化などで大きくなっていた)子育ての負担が軽くなるのはありがたい。
ただ、女性がすべきことにまで男性が手を出すのは、やはり変な気がする。
『ジェンダーとセックスをいっしょくたにしない』ということは、人間が動物である以上、いつでも重要であろうと思うのだ。
男性と女性の脳は、やはり違うから。
それは、家族である男性と真剣に一緒に暮らしてみれば、実感できるではないか。
明らかに、見えているものが違う。見ているものが違う。察する能力が違う。得意なことが違う。ほかにもいろいろ違う。
(個人差はもちろんあるが)基本的に男性に特徴的なことというのは、はっきり言って、赤ん坊と直接関わって育てることに向いている能力ではないと思う。
であれば、子育てにおける父親の役割は、授乳やおむつ替えや寝かしつけではないのだろう。それ以外の面で、女性に不足している能力を補う形で子育て参加してもらうほうがいいはずだ。(シングル家庭においては、このあたりのことをうまく問題解消する必要があるとは思う。それはシングル家庭の是非とは無関係だ)
そもそも、女性と男性は、子育てに限らず、お互いの不足する能力を補って暮らすようにできているのだろうと思う。それを無視して、両者が同じことを同じようにできるようにする必要はないのではないか。

ちょっとうろ覚えだが、確か久保田カヨ子さんや養老孟司さんは、イクメンに関して上記と同様の趣旨のことを述べておられたはず。
自分の場合は、実体験からやはり同じ結論になった。
尤も、現状でもイクメンの人々の中にはいろんな考え方の人が入り交じっているのだろう。それをひとくくりに『イクメン』と呼ぶことが、そもそも乱暴なのかも知れない。

とにもかくにも、子育て参加する男性が格好悪いと看做される世の中でなくなってきたことは、おそらくいいことなんだろう。
父親にも手をかけてもらって育った子どもたちが多数派になったとき、日本の社会はどんな変化を見せるのか。それも気になる。

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2012年2月 2日 (木)

じゃあ、買ってきますか

家人から、あす、恵方巻きを買ってこいとの指令が。
いや、私は上州生まれの上州育ちで、そんな習慣はないし……と言ってみたが、却下された。
福豆買ってあるからいいじゃないか、という意見も聞き入れられなかった。
じゃあ、まあ、あしたになったらスーパーにいってこようか。

家人は関西出身のため、牛肉で肉じゃがを作れと言われたり、なにかと文化ギャップがある。
かつて、カレー肉だと言って渡されたものが牛肉だったのも驚いた。
思わず、これを使って作るカレーは、ビーフカレーという、ふつうのカレーとは違う食べ物だ、と説明した。
すき焼きも、割り下は使わないでいいと言うのだが、これに関しては私が却下した。割り下のすき焼きのほうがおいしいし。

……そんなわけで。
あすは、我が人生で初の恵方巻きを食べる予定。

来年は、太巻きを自分で作ろうかなあ。

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2012年1月19日 (木)

個人的読書メモ

『明治妖怪新聞』(湯元豪一・編/柏書房)
買ってから大分積んであった本。明治時代の新聞から妖怪関係の記事を抜き出してジャンル分けしてまとめてある。それぞれの記事で、記者がいちいち「こういう話は眉唾だが……」と断り書きしているのが可笑しい。中には、妖怪騒ぎが人為的な騒動であったことをレポートした記事も。

『茶話』(薄田泣菫/岩波文庫)
おしなべておもしろかった。現代の価値観からは「えー……」とか「?」とか思う小話もあるが、それもまた時代や世相を反映しているものとして興味深い。この連載が人気があったのはうなずける。

『生命保険のカラクリ』(岩瀬大輔/文春新書)
なるほど。
とりあえず、もう少しで大手生保で掛けていた生命保険の満期がくるから、そのタイミングで見直そう。今の私には保障も大きすぎるし、掛け金も高すぎて、正直なところ、痛いのだ。

『すこしの努力で「できる子」をつくる』(池田清彦/講談社)
非常に興味深い。読了直後に『絵になる子育てなんかない』(養老孟司・小島慶子/幻冬舎)を読み始めたが(現在読書中)、養老氏と池田氏はさすが友人と言うべきか、二人が同じことを別の言い方で表している部分も少なくない印象。

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2012年1月 9日 (月)

陰鬱だけど、でも…

シネマテークたかさきで、『ブリューゲルの動く絵』を見てきた。
もちろん明るい映画だと思って見にいったわけではないのだが、チラシからイメージしていたよりもさらに陰鬱な映画だった。
セリフも少ないし、笑顔なんてほとんど映らない。
見終わったあとにも釈然としない気分が残る(なに一つ解決されていないので。もちろん、解決されることが常に善であり落としどころである、なんて、私だってこの歳になって思っていやしないが)。
それでも、引き込まれて見てしまった。聖書の物語(過去)と十六世紀のフランドル(映画内における現在)とがクロスオーバーする形なので、真剣に見ていないと見落としたり置いてきぼりにされたりしそうで……。そういう意味で頭を使う映画で、そのおもしろさがあった。
とは言え、真剣に見ていても分からないことも多かったのだが、基本的に自分には西洋史とキリスト教の基礎知識がなさ過ぎるので、それがために「?」と思うことも多々あったのだろうと思う。

ところで。
シネマテークたかさきでは、この映画は昨年の大晦日から二週間の上映だが、初日とか三が日に見てしまった人はどんな思いだったろう?
大晦日やら正月早々に、あまり縁起がいい感じではないような……(苦笑)。

全体としては、陰鬱ながらも、映像が予想以上に美しかったことと、カメラワークがおもしろかったことを踏まえて、個人的には七十五点というところか。
絵画と実写の融合も、全然不自然ではなかった。効果がうまい。
あと、文芸作品(?)にしては、すごくお金がかかっていそうだなあと思った。
『THE MILL AND THE CROSS』が原題で、見終えたあとなら、なるほどこのタイトルのほうがしっくりくる。それぞれの単語にいくつもの意味を持たせているのだろうな、と。

この先自分は、ブリューゲルの『十字架を担うキリスト』の絵を見るたびに、この映画のことを思い出すのだろうなあ。

あ。
これはネタバレになるが、後半でブリューゲルが時間を止めるシーン、大人や比較的年齢のいった子どもたちは懸命に止まっているものの、動物と幼い子どもたちはそうもいかず(笑)。「まあ、そうだよねー」と思いながら見ていた。
あのシーン、きっと一発撮りだろうな? 撮影、たいへんだったのではないだろうか。

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2011年12月23日 (金)

色選びに悩む

要するに、ファンデーションだ。

自分の場合、顔よりも首のほうが白いので(顔がくすんでる……?)、一体どちらに色を合わせたものか悩む。
顔に合わせると顔だけ黒くなるし、首にまるきり合わせると本来の顔色より大分明るい色にしないとならないし。
ファンデーションを買おうとするたびに悩む。

一応、今のところは、ほんの少しカラーコントロール効果のあるベースに、首と顔の中間くらいの色のリキッドファンデを塗って、その上にやや白っぽくなるパウダーをはたいているのだが。これでいいものかどうか……。
それなりに自然に見えてはいると思うのだが……心配。
今度友人にでも、変じゃないかどうか訊いてみようかな。

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