2009年12月24日 (木)
2009年12月17日 (木)
光、動き…楽しい美術展
先週、高崎市美術館の企画展『魔法の美術館』にいってきた。
久々に、すごーく楽しみにしていた企画展!
でもって私の嗅覚ドンピシャ。
バッチリおもしろかった! たっぷり時間をかけて堪能した。
誘った友人もとても楽しんでくれて、おかげで二倍以上うれしい♪
触れる展示・参加できる展示は、その事実だけで無条件に面白い、という部分があると思う。
(接触禁止の貴重品を眺めるのももちろん悪くないが)
こういうアートの楽しみ方は、日常と非日常のあいだをつないでくれて、その境界の曖昧感を味わうのは心地よい。
それにしても今回驚いたのは、高崎駅西口を出たところのデッキに、すごく派手にこの企画展の宣伝がしてあったこと。
出かけるちょっと前のある日にそれをたまたま目にして、「この企画でこの宣伝だと、土日は混む!」と直感し、あえて平日にいったので、空いていてよかった♪
これぞフリーランスの特権(笑)。
……いや、実際にはこの不景気でフリーランスもいろいろ大変ですけども(汗)。
2009年11月 5日 (木)
『なから』は『とても』じゃない
子ども向けの某歌で『とても』を意味する上州弁を『なっから』としている、ということを人から聞いた。
が、これには西毛人として大いに異議を唱えたい。
(※以下、西毛生まれの西毛育ちの意見なので、県内他地域のことは分かりません)
『なから(なっから)』=だいぶ、大方、かなり、ある程度、少しは、などの幅広い“程度”を表す言葉(表現する“程度”は文脈による)。
……なのであって、『なから』には『とても』の意味はない。その意味では使わない(断言!)。
ちなみに、『なから』という発音が通常状態で、『なっから』と詰まって発音するのは強調したいときのみ、というイメージ。
では、『とても』を意味する西毛地域の方言は何かと言えば、やはり『まっさか』だろう。
ところで。
いい機会なので、最近気になった上州弁(西毛弁?)をついでにメモしておく。
【もちゃづけー】「手に余る」状態を意味するらしい。身近で年配者が使うのを聞いたことは何度かあるが、自分の使用語彙には入っていない。
【ずく】暮らしの中での「マメさ」「フットワークのよさ」などを表す(らしい?)。「ずくがなくなる」「ずくなし炬燵」などと使うそうだ。甘楽地方で使用されているとの情報。
【こさ切り】公共空間にはみ出した雑木、竹などを切りつめること(だと思う)。
2009年10月 8日 (木)
2009年6月13日 (土)
低調の波がきた
あー……きたきた。
創作鬱というか、低調の波がきた……。
不定期にくるんだよなあ。
「私も捨てたもんじゃないな!」という意味不明に自信のある時期と。
「私ごとき作家なんて道ばたの石ころ程度にも必要ないし」という、これまた意味不明に全否定な時期とが。
両方。
しかも厄介なことに、後者は限りなく真実に近いということを、大人になってしまった私は知っている(苦笑)。
売れっ子作家だって替えがきくかも知れないのに、売れてない作家なんて、いなくなったらなったでそのニッチを埋める存在はすぐに出てくる。
要するに、その程度の作家なんて、“誰でもいい”わけだ。本人以外の全員(読者も版元も)にとって。
“私にしか書けないもの”はあっても、それに価値があるかどうかは別という話。
ええもちろん、そんな分かり切ったことを愚痴っていてもしょうがないから、低調だろうが何だろうが仕事はするのだが。
あああ。
どうせしょーもないことを愚痴るなら、ついでにもう一個吐いちゃお。
一般文芸がやりたい。(“が”ではなく“も”か)
現状にもそれほど不満があるわけではないし、食べていくことが先決だから、今のところは足掻かないけれど。
いつだって、あこがれは堀辰雄と横光利一。
身の程知らずと言われようとも。
彼らのように書きたい。
2009年5月20日 (水)
女性誌で悩んでみた
ライター仕事でちょっと必要があり、珍しく女性誌というものを買って読んだのだが。
……生気を吸い取られた。
何だろうなー、あのテンションは。
いや、そうじゃないか。
雑誌が悪いわけではなく、私が女性誌向きの人間でないというだけのことだな、多分。
お洋服くらい好きなもの着させといてください。
そんな高いバッグも時計も買えません!
化粧ってクラフト!?
こういうマッサージとかエクササイズ、本当に毎日つづけてる人いるのかなあ?
……などと思うわけだが、いやいや、そうじゃないのだ。
あれらは、想定読者層の“あこがれ”をMAXで誌面に表現した“完璧にステキな理想のドールハウス”、『リカちゃんハウス』大人版なのだろう。
女性誌は、それを見て瞳をキラキラさせられる人のためのもの。
私のように、誌面にあるものの実現可能性を吟味して結果的に卑屈になってしまったり、現実との乖離に真剣に首を傾げているような(ある意味バカ正直な)女のために作られている媒体ではないのだ。
だから。
誌面に載っているもの全部が実現できなくていいし、実現できるはずもなく。
ちょこっと真似したり、採り入れたりできて、満足を感じられればいいのだろう。
……と思うのだが、違うかな?
どうやら自分は、女性誌の正反対とは言わないが、大分ねじ曲がった位置に立っているみたいなので、本当のところはよく分からない(汗)。
2009年3月25日 (水)
ミュージカル鑑賞感想
過日、アマチュアミュージカル劇団『アラムニー』の定期公演『Never Say Goodbye』を見てきた。
これがとても面白かった。
女子高OGが中心の女性だけの劇団ということで、内容は宝塚ふう。というか、今回の作品自体が宝塚の翻案らしい。
ストーリーは、第二次世界大戦前の混乱したスペインを舞台にしたラブロマンス&人間賛歌。
で。
以下にそれについていろいろ書こうと思うのだが、私は本物の宝塚の舞台を(生でもそれ以外でも)一度もまともに見たことがないので、素人の勝手な感想ということでご了承願いたい。
************
上演予定時間が3時間ということに、まず驚いた。
アマチュア劇団のストレートプレイならば、上演時間3時間なんて、勝負する前から負けが決まっている試合みたいなもの。……なのだが、ミュージカルならばどうなのか?
多少不安を感じながら席に着いたのだが、これは、少なくとも今回に限っては無用な心配だった。
普通に大丈夫だった、3時間。
ミュージカルってすごい。と思った。
見せてしまうのだ、3時間、飽きさせずに。
役者さんの歌と演技に関してはムラがあったが、ダンスは全体によかった! 見ていて楽しかった。
でもすごいなあ。あれだけの歌と踊りとセリフと、全部覚えるの、大変じゃないだろうか。メンバーの皆さんは、仕事や勉強をする傍ら、この公演のためにどれだけの稽古を積んできたのだろう? 立派だなあと心から思う。情熱がすばらしい。
メイクと衣装もステキだった。
衣装や髪などは、各登場人物の属性・性格などを過不足なく巧く視覚化していたと思う。そういう点がぴっちりと効いてこそ娯楽作品は成功するんだな、と実感。
エレンやキャサリンの服装もスゴクよかった♪ 着替えて出てくるたびにじっと見つめてしまった。おしゃれで、センスよくて、役柄にも合っていて、雰囲気も出ていた。
内容に関しては、「なるほど娯楽作品だけあって、分かりやすい筋だ」というのが第一の感想。
次から次へと、畳みかけるように見せ場の連続。泣かせ所もはっきりしている。それだけに、素直に感動しながら楽しめる。
娯楽作品のストーリー展開ということに非常に苦手意識のある(書き手としての)私としては、勉強になることが山ほどあった。
さて。
ここからは特に独断と偏見による、キャラに関する感想を。(女優さんたちではなく、あくまでも造形されたキャラクターへの感想です)
まず、こんなことを言うと叱られるかも知れないが、総じてメインの女性キャラたちがウザい(苦笑)。
あなたはそういう感覚だから結婚もできないのよと言われれば、反論できないのかなあ……。
でもウザい。
最も端的に表れていたのが、ラスト近くの盛り上がりシーン。アギラールがトリアーナに「ぼくの手を握って。きみの意見を言ってくれ!」みたいなことを言い、トリアーナが「私個人の気持ちとして、あなたが何を決めても、あなたについていくわ!」のようなことを答える。
いや、ソレあんたの意見じゃないじゃん。重大な局面で人に責任をゆだねるなよ。それはズルと言うんだぞ。
と、思わず心の中で突っ込んでしまった。
主役のキャサリンも、考え方が青臭いうえに口ばかり達者で、実際には大したこともできないという困ったちゃん。
しかも、最初から最後まで成長ナシ。すぐ感動するし、内省しているポーズはするけれど、残念ながら思索の段階は上がってませんぜ、お嬢さん。
でもって、メインの女子の皆さん、アチャーな感じの恋愛脳の持ち主ばかり(苦笑)。
命の危険にさらされると、動物としての本能で恋愛に走る……? って。そういうことじゃないか。
ところで、作中で描かれる全てのカップルが、互いの思いを確認し合う見せ場が必ずあるのは、ちと鬱陶しかったかな……。
まあ、全部きっちりケリがつくのは、どのキャラの肩を持つ観客も納得する、という点ではいいのかも知れないが。
そもそもカップルの数を作りすぎなのかも? 全カップルの愛の軌跡とその結末を描くことに終始してしまった感がある。全て男女の愛だし。友情や親子の情などで変化がついているならともかく、ちょっと……う~ん。
話は変わって。
私がいいなあと思ったキャラは、エレン。
恐らく天然なおバカキャラとして造形されていたのだと思うが、彼女は効果的なスパイスになっていた。ひたすら熱く真面目なほかのキャラクターたちの中にあって一服の清涼剤(?)でもあり、それほどたくさんは出てこないわりに存在感二重丸。
それと、自分でもなぜだかよく分からないのだが、タチアナが、好きというか、何だかとっても気になるキャラクターだった。
舞台に出てきて立っているときの独特のポーズといい、がっちりストレートの黒髪をおかっぱにした髪型といい。
キャラクターとしても、ほかの誰ともかぶらない特異な性格付け。自分は組織の歯車だと言い切っちゃうし(笑)。あああ、彼女の生い立ちや背景が気になる! 気になる!
ちなみに、ビジュアル込みで萌えたのはラモン!
かわいかった~♪ これはきっと賛同してくれる人がいるはず(笑)。
……と、まあ、そんな感じで、私はこの舞台を、3時間半近く(終演は予定時間をオーバーした)すごく楽しんだのだった。
見にいってよかった!
*メモ*
以下、ストーリーとは無関係なコメント。
ああいう物語を見ると、改めて「ああ、自分はアナーキストなんだなあ」と感じる。
主義主張や思想の優劣を語る人や、秩序を守る組織体の重要性を力説する人は胡散くさい。
「××のためにみんなで力を合わせよう!」というかけ声も、無理強いされた途端に大嫌いになれる。
そういうことを言いたい人たちは、毎朝それぞれの代表者がジャンケンして、勝った人がその日一日好きなことを主張できるというルールで勝手にやればいいと思うのだが。
どうだろうか。
2009年2月26日 (木)
知り得るのだろうか?
家人が、車を修理に出して。
代車で帰ってきたら、犬が吠えまくった(笑)。
車が違うと分からないようだ。中に乗ってる人は同じなのに。
* *
過日、ドキュメンタリー映画『ベルリン・フィル』を見てきた。
面白く、かつ、非常に考えさせられる映画だった。
なんだかんだで、見ているあいだじゅう、自分の内面と向き合っていたような気がする(映画に夢中で今いちよく覚えてはいないのだが)。
なかでも最も印象に残ったのは、オーケストラ演奏に参加する中で「神さま、今死なせてください」という法悦にも似た状況に出逢うことがある、という団員のコメント。
それは一体、どんな感覚なのか?
“今死にたい”と思うほどの恍惚に、私は、この先遭遇することがあるのだろうか?
そういった感覚を知らないまま死ぬのは、惜しくないのだろうか?
…………
知りたい。
が、知り得るのだろうか?
ああ。
それについて考えるだけで、涙ぐみそうになる。
2008年12月28日 (日)
誰に対しておしゃれするか
私の場合、基本的には。
おしゃれは、対同性への効果を意図しているのではあるが。
それでも、まあ、異性の評価も気にならないわけでもなく。
Aさんが「髪上げてるとスッキリしていいね」と言い。
Bさんが「せっかく髪が長いんだから、下ろしてたほうがいいよ」と言い。
自分にとっては、Aさんの意見のほうが都合がいい(納得度が高い)としても、異性としての“気になり度”がAさん<Bさんである場合は、少なくともBさんと顔を合わせるときには髪は下ろしていようか……などと(姑息にも)判断してみたりすることもある(笑)。
だが、しかし。
その日の服装に合わせてメイクを変えていたりしても、Bさんは(Aさんも)絶対に気づいていない。と思う。
そういうのに気づくのは、やはり同性である女性で。
とすれば、おしゃれの向かう先が対同性になるのは避けられないなあ(笑)。
人間の為すこと、何ごとにもハリアイというのは大事で。
だから、おしゃれに関しては、ささやかな変化に気づきもしない異性より、ちょっとした工夫も褒めて(ときにはけなして!?)くれる同性の存在のほうがありがたい。
と思いませんか、みなさん?
(そんなだからおまえはモテないんだよ!という意見は聞こえない聞こえない)
2008年12月20日 (土)
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