2011年2月15日 (火)

過去作を読み返す

201012292事情あって、過去作に手を入れることになったのだが。
四~五年前の作品を読み直すのって、「コレ、どんな罰ゲーム?」という感じだ(汗)。

とはいえ、昔の作品には、今の自分にはない、よい面もあり。
いやはや拙いなあ、と思う部分もあり。
今ならこう書くな、と思ってみたり。
「あ、この書き方いいじゃん、巧いじゃん」なんて思う部分もあったり。
「へえ、こんなこと考えていたのか」と、やや新鮮に感じてみたり。
「あ~……ここは多分こういうことを考えて書いたんだろうけど、ちょっとねえ……」などと感じる場所もあったり。

いつも思うのだが、小説って本当に“そのときにしか書けないもの”なんだなあと実感する。

感じていること。
考えていること。
それらを表現する手段、方法。
いずれも、時が経てば否応なく変わっていく。

だからこそ、書けるときに書けるだけいっぱい書いておこう!
と思うあたりが、私の貧乏性なところだが(笑)。

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2010年12月26日 (日)

オーバー四〇女性の美

Harama2最近テレビやWEB上でよく見かけるド●ホルンリンクルのコマーシャルが、非っ常ーにいやだ。
どこがどうと言い始めると微に入り細を穿つ長文になりそうなのであえて書かないが。
生理的にダメ。
ウザい。
キモい。
耐えられない。
(って、この文章もひどいな。「こんなの文章で食ってる人間の書くものじゃない」というのはよく分かっているので、その点は今回は指摘しないでください/汗)

映像もものすごく気持ち悪いし、コピーも(悪い意味での)鳥肌モノ。
そもそも、あのCMで訴えたいこと自体が、なんかイヤ。
自分が女であるからこそ、イヤ。

あのCF作ったの、女性なのかなあ、男性なのかなあ。
男性ならば鼻で笑って済ます。
女性ならば、きっとその人とは、私は心の底からはお友だちになれないだろう。


ま、世の中は今、“美魔女”とやらを売り出そうとしているようですが。(っつか、それって誰がよ? ブームに乗せられる前に、乗る前に、よく考えたほうがよくはないか?)
でもね、四〇歳を超えた女性の美しさや輝きって、ドモ●ルンリンクル的なもんじゃないですよ。絶対に。(私にしては珍しく言い切る!)
あこがれの“オーバー四〇”女性、私の周りにも複数いますから分かるのです。言えるのです。
みんな“美しい”です。
それぞれの“美しさ”で美しい。『個性』というのはこういうときに使う表現なのだな、と自然に腑に落ちる。
ちなみに、その“美しさ”の中に知性と情熱が含まれていない人は皆無です。

私も彼女たちのように加齢してゆきたいなあ……。
情熱を持ちつづけて生きるって、わりと難しいとは思うけれど。
でも、やってみたい。

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2010年11月12日 (金)

着物は奥深すぎて迷路

Gunmanomori1知り合いの同年代の人の着物のコーディネートを見て、「なんでいつもそんな地味なの?」と(内心で)思ったのだが。
向こうからすれば、「なんでいつもそんな毒々しいの?」と思われている可能性もある。だとすればお互いさまだ(笑)。

ん~……今度はグレーの小紋を短く着て露芝の黒い名古屋でも合わせて、黒の編み上げショートブーツとかにしてみようかな。
普段、自分はイレギュラーな着こなしはほとんどしないのだが、たまにはそんなのも面白そう。

ところで。
上記の彼女、その日は小紋の振りから長襦袢の袖が随分はみ出していたのが気になった。
着物と長襦袢の袖幅が合ってないことに気づいてなかったかな?

この場合、模範的には、着る前日に袖幅を合わせてみて、「これははみ出すな……」と思ったらそれなりの対策をしておくのが正しい。
あるいは、気づかないまま着てしまってから、「あっ、はみ出てる!」と分かったら、その段階でできる対策を施すのが次善の策。
しかし……。
そもそも、そういうことに気を配らなくてはいけないということ自体、着物をよく知っている人と普段から一緒にいないと分からないのだよなあ……。
着物文化のつながりがすっかり途切れてしまった現在、ふつうならば親から子へ伝わるべきそういった細かな知識は、知る機会がなくなってしまっているというのが、事実。
着付け教室に通ったくらいでは、なかなかそこまではカバーできないのだ。(自分が教える立場になろうとして貪欲に学んでいる人はまた別だろうが)

自分の場合は、幸いにも母が着物を着る人だったので、細かい常識をなにくれとなく教えてもらえて、非常に助かっている。(母、ありがとう)
とはいえ、自分が着物を学ぶ中で新たに知ったことも母に伝えて、未だに二人がかりでちまちまと知識を増やしている途上だが。

着付けの段位も取ったことだし、人になにか訊かれたらきちんと答えられるようにしようと思って結構一生懸命勉強しているつもりなのだが、それでも、まだまだ「初めて知った!」と思うことも多く、着物文化の奥深い迷路の中で右往左往しているこのごろだ。

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2010年10月19日 (火)

『切らずに使える』の未来

Tateshina2先日。
更衣していて、ふと思ったのだ。
パラ○ールの外袋に書いてある『切らずに使える』というキャッチコピー、もう今の若い人たちは意味が分からないのではないだろうか?
「切るってどういうこと? なにを切るの?」って思うんじゃないかなあ、と。
「昔は、防虫剤の小袋の端をハサミで小さく三角形に切り落としていたのよ~」と言える人はそれなりの歳のはずだ。

私はもちろんそれなりの歳なので、そのころを知っているが、子どものころに母親と一緒にタンスの整理などをしたことのない男性だと、私と同世代でも知らないかも知れないなあ。

『切らずに使える』のキャッチコピーがパッケージから消えるのは、いつだろうか?
商品の購買層のほぼすべてが“切って使っていたころ”を知らなくなる、そのどのくらい前なのか、あるいは後なのか。
ちょっと気になる。

              *  *

トラもダイヤモンドペガサスも、揃って十七日に今シーズンが終了してしまった(凹)。
あーあ……残念。

でも来年があるか(メンバーは替わっちゃうけれど)。

とりあえずここからしばらくは、ドラフトを含めたストーブリーグやお家騒動(ん?)が気になる。

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2010年8月14日 (土)

『デパート』への憧憬

201008012母の希望でデパートへいってきた。
どこのデパートか。
もちろん、群馬県民がデパートと言ったら、それはスズランだ(断言)。
私は西毛人だしね。

さて。
スズラン高崎店へいってみると、夏のバーゲンも終わりにかかっている時期なので、いろいろなものがだいぶお安くなっていた。
ほしかったようなものが買えて、母は満足してくれた模様。
私も、好みど真ん中のデザインのカーディガンを見つけたので羽織ったら、母が「それ、すっごく似合うよ。買いなよ」と言ってくれたので、真に受けて買ってきた(笑)。

しかしまあ、あれだ。
デパートの商品はやはり、品(しな)がいい。
ファストファッションはファストファッションで存在意義があるが、“いざという場面”に着ていく服には、「これはスズランで買ったものだから大丈夫!」という安心感(よく考えると根拠にはなってないわけだが)が、着る人に自信を持たせる面がある。
そういう無条件の信頼感を、私などはまだデパートというものに対して感じるのだが、もしかして、もっと若い人たちにはこういう感覚が分からなくなってきているのだろうか?

私は現在、いわゆるサンナカだが、この年代の人々はいろいろな属性を持っている。
真性団塊ジュニア、受験戦争世代、就職氷河期世代、ロストジェネレーション。(現在の婚活世代も、この辺の人たちが中心のような気がする)
(ちなみに、世代としての特徴を示す一つの大きな事実としては、『男女雇用機会均等法十年選手である』ということだと思う。ちょうど我々が就職するころ、男女雇用機会均等法から約十年たっていたのだ)
で。
そんな私たち世代は、安定成長期に子ども時代~思春期を送った。つまり、父親の給料が年々上がっていく中で、クーラー(エアコンではなく、クーラー)や電子レンジやビデオデッキなどを家庭に迎え入れながら成長したのだ。
同時に、そういう私たちの子ども時代、デパートはまだ輝かしい存在だった。家族でデパートへ買い物にいき、デパートの中のレストランで食事をしたり、屋上のミニ遊園地で遊んだりすることは、日常の中のプチ“ハレ”の体験だった。
であるからして、今振り返っても、当時の“デパートのある風景”は、なんとなくレトロチックな“いい思い出”なのだ。
この記憶がある限り、自分はデパートに対して憧憬や信頼感を無条件に感じるんだろうな、と思う。
普段いちいちそんなことを思い返してはいないが、改めて考えると、これはおそらく確かなことなんじゃないかと思う。(少なくとも自分にとっては)

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2010年6月21日 (月)

“歩きやすい”は本当?

Sakaizawainari3きのう、ようやく更衣を完了して、あースッキリ♪
着たかった夏服も出てきたし。
(下駄箱はすでに、しばらく前に入れ替えが済んでいたのだが)

ところで。
ウエッジソールって、雑誌とか通販サイトとかを見ていると、よく「ウエッジソールだから歩きやすい」みたいなことが書かれているが、あれは本当だろうか?
自分は、流行り始めの数年前に数足買って履いていたけれど、靴底がしならないのは想像以上に歩きにくくて、いやになって、近年は普通のパンプスやサンダルしか買っていない。
「ピンヒールに比べれば多少は歩きやすい」という意味なら、まあ、うなずけなくもないのだが。

ウエッジソールだと、靴底の面積が広いからデザインに凝れるというよさはあって、だからかわいい靴やおしゃれな靴も多いのだが、そうかと言って歩きやすさを犠牲にはできない……。

だって、歩きにくい靴を履いていると、歩行姿勢がきたならしくなるから。
歩きにくそうな靴を履いてヘタっぴーな格好で歩いている若い子を見ると、「あーあ」と思ってしまう(おばさん根性ですねそうですね)。

若い子に限らず、本物の美人ならば当然美しい姿勢で歩いてもらいたいし、美人でないならせめて歩く姿くらいはきれいにしようよ、と思うのだ。個人的に。

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2010年6月 8日 (火)

納得がいかない…

Mizusawakannon3きょう、ちょっとチークが濃くて、微妙におてもやんメイクだったかも(汗)。
色白の若い子だとそれも結構かわいいのだが、私がしてはいかんな……。


ところで。
ある程度売れるものを書かないと商業作家失格だし、でも売れてるものと同じようなものや似たようなネタを書くのなんかつまらないし……。(っていうかほかの人が書かないようなものが書きたいんだよー)
あー……葛藤。(一年中この葛藤に苛まれてるけど)

しかし事態は容易ではなく。
だって、某所での連載なんて、自分が気に入っていて力を入れて書いた話は決まって読者数がものすごく少なく、「うん、知ってる。こういうのがいいんでしょ?」みたいな感じで最初から読者受けを狙ってチャチャッと書いた話はたくさんの人に読まれて、感想もいっぱいもらえるのだ。
私としては、どう考えても、自分が「いい!」「面白い!」と信じて書いた作品のほうがストーリーも文章もレベルが上だと思うし(書くときの準備や時間のかけ方からして明らかに違う)、そういうのを楽しめる人が本当の読み巧者だと思っている。
でも、本当に本や物語が大好きで、「自分は本の虫だ!」「前世は紙魚だ!」と胸を張れる人(=読み巧者)は一握りなんだよなあ。多分それが真実。

ということは。
私のクリエイティビティーや創作欲、創作魂に関しては、ときどき力作をものしてガス抜きしつつ、多数の人向けには媚び媚びの分かりやすい作品を書いてかないとおまんま食べていけないと……。

あ~~でも納得いかない!
頭では分かってるのに!
納得が!

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2010年3月16日 (火)

服装のメッセージ性

201003051人から聞いた話。

ある人の結婚披露宴に出席した女性の服装が、小紋だったのだそうだ。
聞いた途端、アチャーと思った。

もしも、私が誰かから事前に「披露宴に小紋でいこうと思うんだけど」と相談されたら、全力で止める。
どんな高級な生地を使ってあったとしても、小紋はあくまでも普段着だ。
それを着て結婚披露宴に出るということは、本人が意図しないとしても、新郎新婦に対し「私にとって、あなた方の披露宴は、普段着で参列すればいい程度のイベントです」というメッセージを伝えてしまうことになる。
これでは、本人が本当に「おめでたい!」という気持ちを持って出席しているとしても、その心が台無しになってしまう。

慶事にしろ弔事にしろ、他人に分かるように『心情』を表現するのはなかなか難しいことだから、それを『型』にはめることで分かりやすくしているのが、冠婚葬祭のしきたりであるわけで。
であれば、可能な限りそのルールに則ることが、まごころを伝える最善のやり方だと思う。
ルールが分からなかったら、詳しそうな人に訊けばいい。

自分でも、改めていろいろ考え直すきっかけになるエピソードだった。

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2010年2月13日 (土)

それはダメなのか

Ikahoyaki久々に、少女漫画らしい少女漫画を買って読んだ。ちなみに、昔の作品の文庫ではなく、今どきの作品。
うーむ……。
やはりヒロインはこのタイプなのか。ちょっと周りが見えきってなくて、おてんばで、突っ走り気味で。
そして複数いる彼女のお相手候補の男の子の中でも、本命はやはり、ちょっと扱いにくそうな、ひねくれたところのある……。

だがしかし。
正直、個人的には納得いかないのだ。
どう考えても、別の、当て馬ポジションの男の子のほうが恋人にして幸せになれるタイプではないか、と思って。

……。
まあ、自分の新刊も、同じような作りになってるんだけどさ。(なお、書いているあいだずっと、当て馬ポジションの男子のほうがいい男なのにーとぶつぶつ心の中で言いつづけていた)

ふつうなら当て馬ポジションで終わるはずの、「常識的に考えて、こっちとくっついたほうが幸福になれるよね」というタイプの子をヒロインの相手役に持ってきて一本書いてみたいものだが。
「通常ならヒロインの相手役」になるタイプも登場させるが、こっちは当て馬ポジションに終始して、そのままエンド。
……。
苦情メールがきそうだな。
と言うか、そもそも担当さんからOKが出ないだろうな。

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2009年12月24日 (木)

似ている気がするが…

Habotan中田ヤスタカさんの立ち位置って、ちょっと、現代の中原淳一みたい……っていうのはナシですか?
何となく近いものがあると思うんだけどなあ……。

両者とも、女性(女の子)の気持ちが妙に理解できているところとか。
両者とも、デザインやって、スタイリングやって、人のプロデュースやって、音楽(イラスト)やって……とマルチなところとか。メディアとの関わり方とか。
結構かぶってると、個人的には思う。

両方名前に「中」が入ってるというのは、まあどうでもいいが。

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