2006年8月18日 (金)

祝杯はやけ酒に変身

Yubae_1世間様が盆休みだったあいだの話。

我が家へきていた親族の使い走りで、往復一〇〇キロを優に超えて車を走らせ、酒屋へいってきた。
そんな遠くまでゆくのは、その店でしか手に入らないものがあるからだ。
「ちょっと××、アンタあっち方面いくなら、ついでに直売所でトウモロコシ一〇本買ってきてよ」
「はいはい」
と、まあ、そんな感じで。

希望のものがまだ買えるか事前に確認の電話をしておいてから、はるばる酒屋へと出かけた。
道々、Cloudberry Jamなんぞ結構な音量でかけながら、一人でドライブ。これはこれで楽しい。

辿り着いた先でご主人と少しおしゃべりをして、頼まれたお酒を買って、お金を払おうとしたときに、ご主人から「三日前に限定の『魔王』が入ってきてまだ残ってるけど、持ってく?」とうれしいお言葉。
ありがたく分けていただいた。

で、帰ったその晩さっそく開けて、虎のマジック点灯を祝って乾杯……と書ければよかったのだが。
先月までは私もそういうような予定でいたのだが、虎は踏ん張りがきかずずるずると首位中日とのゲーム差がひらき、そのうえ今月十二日の直接対決で負けてドラゴンズにマジックを点灯させてやってしまったわけである。
祝杯どころではない。やけ酒だ。(『魔王』で? ……もったいない)

ちなみに。
酒屋のご主人は力強くこういっていた。
「俺みたいな生まれたときからの巨人ファンにとっては、今年のペナントレースはないことになってるから!」

……さもありなん。

お互い、来年がんばりましょう。

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2006年8月17日 (木)

図録がほしかった

Mayu絹の浴用タオルを買ったときに、パッケージに飾りとしてついていた繭(写真)。
白くて丸くてちょっと毛羽立っていて、とても愛らしい。
机の隅に置いて、ときどき眺めては愛でている。

もちろん殺蛹(繭の中のさなぎを殺すこと)してあるのだろうなーとは思いつつも、でもたまたまこれだけ処理が甘くて、そのうち繭を破ってカイコガが出てきたらどうしよう……と、手に入れてしばらくのあいだはそんなロクデモナイ想像をして楽しんだ。
が、案のとおり、白い蛾が出てくることはなかった。


繭から養蚕を連想して、今、思い出したが。

以前、某所で、養蚕にまつわる神さま(衣襲明神や猫絵など)をテーマとした企画展があったので、嬉々として出かけた。
展示を見て面白かったので、「よし、図録を買うぞ」と意気込んでミュージアムショップへいったら、売り切れていた(!)。

そんな――(いっては悪いが)地味な――展示の図録が売り切れることにも少々驚いたのだが、もしかしたら運営側は、売れないことを予想して制作部数を必要以上に少なく見積もっていたのではなかろうか。というのも、私のあとにきたお客さんも、「図録はないんですか?」と訊ねていたのだ。この状況は、需要見込みが不正確だったことの証左ではないのか(真相はわからないが)。

テーマによっては全然売れないこともある企画展の図録。部数の確定はギャンブルには違いない。
だが、通常の書籍と違って再版されることは滅多にないのだから、足りないよりは余るほうがよいのではないか、と、無責任に部外者は思うわけで。

などと、尤もらしく書いてはみたものの、結局、私のいいたいことは。
「買えなかったこの恨み、忘れないぞぅ」
……なのだろうな(苦笑)。大人げないことに。

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2006年8月14日 (月)

迫真の演技となるか

Nanbu先日、珍しく県外出張があって出かけていた父が、家族におみやげを買ってきてくれた。

南部せんべい。

好きだ、南部せんべい。
ピーナツ入りのが一番好きだ。胡麻もよいけれど。
今回は、アーモンド入りというのもあった。丸ごとのアーモンドがざくざく入っている。父はそれがめっぽうお気に召したようだが、私はピーナツのほうに軍配を上げたい。アーモンドでは、せんべいの味つけ用には大きすぎる。


おみやげといえば旅行だが。
旅行といえば、先日、友人と電話で会話していて、「冬の北陸にいってみたくない?」という話になった。

私が、「東尋坊でさ、“火サ○”ごっこしようよ」と提案すると、友人は、「犯人役は立ち位置的に危険そうだから、私は探偵役か、探偵と一緒にいる被害者の妹役でいい」というので、「じゃあ私が、海風に吹かれながら犯行動機を告白する犯人の役でいいよ」ということになった。

…………。

とりあえず、その日に備えて、告白シーンの脚本でも書いておくとするか。

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2006年8月13日 (日)

はるか昔の物語

Rotou我が家があるのは、流れの両側に何枚もの段丘面を持つ某川の、河岸段丘のうちの一つの段丘面の上なのだが。
段丘崖にできた坂道を下りながら、こういう露頭(写真)を見ると、「なるほど、この高さは以前、確かに川原だったのだ」としみじみ思う。
(少々見にくいかもしれないが、クリックで拡大して見ると、明らかに川原石とわかる大ぶりの礫(れき)の層があるのが確認できると思う)


ちなみに、我が町のあるあたりは、約一二〇〇万年前ころには海の中だったらしい。当時の地層からは、今も、海産動物の化石が出る。

そのころの海は長野県のほうへつながっていたそうだが、現在の長野県には山あいの県というイメージを抱くので、ほほう、と思う。

そういえば、海ではないが、上信国境に位置する荒船山(一四二三m)の特徴的な平らな山頂は、約八〇〇万年ほど昔にその場所に湖が存在したことによるという。かつての湖の底が、今や一千メートル超の山なんだから、大地の運動というのはじつに想像を絶する。

大体、“××万年前”という時間の長さからしてすでに、リアリティーを持って把握できる限界の向こう側である(少なくとも、私にとっては)。
それでも、地質の話というのはいつも、何となくロマンを感じ、ワクワクしながら聞いてしまうのだが……。

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2006年8月12日 (土)

念力は効くか

Casagao熱狂的な阪神ファンである北杜夫さんは、『マンボウ阪神狂時代』(新潮文庫)の中で、野球中継のさなか、阪神を応援し、相手チームの足を引っぱるために、ラジオを聴きながら、あるいはテレビ画面を見ながら、種々の表情をし妙なポーズをとってスタジアムや選手に念力を送ると書いていた。
その感覚、私には非常ーーーによく分かる。

そこまであからさまではないが、私だって、「絶対抑えてくれ!」とか「ここでヒットだ、何が何でもヒットを打て!!」とかいう場面では、必死の形相で手を合わせてラジオやテレビ画面を拝むくらいのことはする。
祈りの甲斐なく投手が打たれれば、「やっぱりそうなるよな~阪神だもんな~~」と床に突っ伏し、喉から手が出るほどほしかったタイムリーが空振りや内野ゴロに化けると、「そんなに都合よく打てるわけないよな~……」と脱力して床に転がる。
(ちなみに、ごくごくたまーに投手がうまく抑えた場合は「いよっしゃー!」と拳を突き上げて雄叫びをあげ、適時打希望のところへ本塁打が飛び出したりすると「たまにはこういうこともなくちゃね!!」と怖いくらい満面の笑みになる)


大暑どころか立秋すらすでに過ぎたが、群馬県ゆかりの俳人・村上鬼城は、かつてこう詠んだ。

  念力のゆるめば死ぬる大暑かな 


念力。
ステキな響きの言葉だ。
心引かれる営みだ。

しかしながら、どうも阪神の応援に関しては、残念ながらあまり効果はないように思う。



*メモ*
“境涯の俳人”村上鬼城について(サイト名「鬼城草庵」)
http://www.kijyou.jp/
鬼城草庵か……いったことないなあ。そんなに遠くないのに。

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2006年8月 7日 (月)

イモの葉の露で墨をする

Tsuyu1このブログの七月七日の記事でも書いたが、私にとっての七夕は、きょうだ。
ちなみに今年は、本日新暦八月七日は、旧暦の七月十四日だそうだ。やはり月遅れ七夕のほうが本来の七夕に近い。
ただ、きょうの月齢は一二・八八、月が明るいので、たとえよく晴れたとしても、星の見やすさという点では本来の旧暦七月七日には劣るだろう。

七夕といえば。
子どものころ、イモの葉にたまった朝露で墨をすって願いごとの短冊を書くのだよと祖母から教えられたが、その理由を忘れてしまった。
そうすると願いがかなうのか? それとも、どんど焼き(左義長)の火で書き初めを燃やすのと同じ効果(=習字が上達する)があるのか?

で、今ちょこっとインターネットで調べたのだが、どうもよく分からない。
七夕の日にイモの葉の露で墨をすって習字を練習すると上達するとか、そうやってすった墨で短冊に和歌や俳句を書くとそれらが上達するとか、願いごとがかなうとかいう記述もあるが、とくに理由を書かずに、イモの葉の露ですった墨で短冊を書くという風習だけを紹介している記事もある。
それをすることで何かが上達する、というのは、七夕祭りの、乞巧奠(きこうでん)としての性格に基づく伝承だろうか。

私ならば、どうせ上達するなら、シュウジはシュウジでも、修辞がよいなあ……。
もっと日本語の使い方がうまくなりたい。
理解語彙も使用語彙も増やしたい。

……嗚呼。
日本語活用の前途は茫漠として遥か。



*メモ*
乞巧奠について
http://www011.upp.so-net.ne.jp/yuusoku/anual/anual-07/Sept.html
トップはこちら(有職文化研究所)
http://www011.upp.so-net.ne.jp/yuusoku/top.html
七夕行事の歴史について
http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/ta77rekisi.htm
トップはこちら(星の神殿 ※注意:開くと音が出ます)
http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/index.htm
宮古毎日新聞のコラム「行雲流水」二〇〇六年七月七日の記事(七夕について短くまとまっている)
http://www.cosmos.ne.jp/~miyako-m/htm/kouun/060707htm.htm
トップはこちら(宮古毎日新聞)
http://www.cosmos.ne.jp/~miyako-m/htm2/info1.htm

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2006年8月 6日 (日)

投げるまねをした

Tyuta本日、第八八回全国高等学校野球選手権大会が開幕。

ということで、きょうは甲子園つながりでツタの写真をば。
本当は、もっと甲子園っぽいツタの生えているところを見つけてあったのだが、写真を撮ろう撮ろうと思っているうちに、先日行われた地区の草刈りでバッサリと(泣)。
仕方ないので、次点のツタ。



夜、カーテンを閉めようと窓の前に立ったら、ガラスの表面にくっきりと自分が映っていた。

それで、ふと思い出した。
映画『ミスター・ルーキー』(井坂聡監督)の中で、主人公が、信号待ちのとき、ビルのガラスに自分が映っているのを見て、スーツ姿のままシャドーピッチングをするシーンが、確か、あったよなあ、と。

で。
何となく私も、ガラスに対して横向きに立って(セットポジション)、片足を上げ、ボールを投げるまねをしてみたわけだが。

ア、イタタタ……。
あ~~ちょっと無理だわ、これは。思い切り上げても、上がるべきところまで足が上がらないもの。
ナガカワってば体やわらかいんだな~……。

――そう。
私は無謀にも、カープの永川投手の投球フォームをまねしようと思ったのだった。
人並みよりも体が硬いくせに。

ううむ、完敗だ。
まずはストレッチから始めよう。

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2006年8月 4日 (金)

打ち水と遠吠え

Sankaku昼間、あまりに暑いので、犬のいるスペースの周りに打ち水をしてやった。
それまで犬小屋でだらんとしていた犬は、慌ててそこから出てくると、見るからに迷惑そうな顔をして、脇にある(人間用の)物置小屋の中へ入っていった。
どうやら嫌がらせをしたと思われたらしい。
違うんだってば!


そんな、我が家の犬は、家の人間が徒歩で出かけると、必ず遠吠えする。
車で出かけるときには、しない。
真相は犬に訊いてみないと分からないが、どうやら、徒歩で出かけるのならば「この自分も連れてゆけ」ということなんじゃないかと推測している。
できればやめてほしい。近所に恥ずかしい。
犬よ。人間は、おまえの散歩以外でも徒歩で出かけることがあるのだよ。

ちなみにその遠吠えは、かなり立派なものだ。
“おすわり”のポーズで思い切り鼻面を上げ、胸から鼻先までが一直線になった――つまり、多くの人がイメージするであろう“オオカミの遠吠え姿”そのものだ。
うちの犬の前世はオオカミだったろうと思う。

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2006年8月 3日 (木)

カタクリ色

Gurajiorasu今年の春、友人とカタクリの花を見にいったときのこと。

薄日の射す中、結構な斜面につくられた遊歩道を辿りつつ花を見て、地元の人たちが運営する休憩所ではわたあめと麦茶をもらうなど、のんびりとした休日は至福の時間だった。
カタクリの可憐な花も盛り。解説のためにそこにいたおじさんに、一年や二年では花を咲かせないというカタクリの生態を説明してもらって、植物の一生も容易じゃないなあと思った。

ゆっくり歩きながら花を見ている途中、友人はふと視線を落とした。あることに気づいて、楽しそうな声で私にいった。
「ねえ、××ちゃんのスニーカー、カタクリ色だね」

私は笑顔で「本当だね」と返したものの、じつは内心かなり動揺していた。
だって、なんてかわいいんだ……!!
いつも理性的なおしゃべりをする人が、ふとした気づきによってこういう言葉を何気なく口にするのは、かなりグッとくるものがあるのだと知った。
同時に、彼女が自分の友人で、本当にうれしいと思った。すでにして満喫していた平和な休日の幸福感も三割増しだ。


――それにつけても不思議なのは。
私の婚期が遅れているのは、自分でも何となく納得できるような気もするのだが、この友人のように賢く、気だてがよく、しかもかわいらしい女性がまだ一人でいるというのは、なぜなのか。大いなる謎だ。

本当に、どうしてなのだろう?
私が男性だったら、ぜひとも結婚してほしいと思うだろうになあ。



*メモ*
カタクリは、花が咲くまでに七~八年もかかる。あんな小さな花なのに。
カタクリの生態について参考になるページ
http://www48.tok2.com/home/mizubasyou/89katakuri.htm
トップはこちら(「石川の植物」、管理人:本多郁夫さん)
http://w2222.nsk.ne.jp/~mizuaoi/index.htm
ウィキペディアの「カタクリ」の項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%AA

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2006年8月 1日 (火)

その店にするわけ

Kabocha地元で給油するときは、いつも同じ店に決めている。
ちなみに値段で決めているのではない。なにせ、近辺では高いほうから数えたほうが早い店の一つに数え上げられる店なのだ。(私はセルフスタンド利用派ではない)

ではなぜか。
じつは、スタッフの人たちがとても感じがよいのだ。
アルバイト・パートのスタッフは、勿論ときどきメンバーが変わるのだが、変わっても、やっぱり新しい人は感じがよい。
それは、単なるスタッフ教育の厳しさの結果として対応がよくなっているというのではなく、“人間としての”感じがよい人ばかり、という意味だ。

つまりは、オーナーの見る目がすぐれているのかな、と思う。雇う段階で、なにか、オーナーなりの選択基準があって、私はそれを心地よいと感じているのではないだろうか。
オーナーのおじさん自身も、気さくでよい人だ。


それにしても、泣けてくるのは昨今の世情。
ガソリンの値上げは勘弁してほしい……。
車がないと生活できない田舎に住んでいる人間にとっては、現状はゆゆしき事態だ。
以前のハイオクの値段よりも高いレギュラーガソリンを入れる羽目になろうとは……(涙)。

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