2009年7月18日 (土)

灯台と船酔い

Todai2写真は犬吠埼灯台。
そんなに期待しないで行ったのだが、これがとても面白かった。
個人的には、入館料二〇〇円の価値は十分にある。
展示も、簡略すぎず、くどすぎず、いい感じ。
灯台にも上れるし。
高所恐怖症の私としてはかなりドッキドキだったが。
(すごいへっぴり腰で、手すりにすがって、歩くと言うよりしゃがみ這う(?)みたいな格好でずり歩いていた……だって怖かったんだよ……)
近代建築好きの血が久々にうるおった。
ヘモグロビンにがっつり酸素乗ってますよ!みたいな。(意味不明)

それにしても銚子は涼しかったなあ。
群馬の平野部に暮らす私には、ちょっと違う世界に思えた。

……いや、今回は実は銚子にイルカウオッチングに行ったつもりだったのだが、結構海が荒れていて、船酔いがものすごくて、それどころじゃなかった。
「もうイルカはいいから帰ろうよ!」と心の中で思っていた(泣)。
小さい船はなあ……。
仕事明けで寝不足だったのもいけなかっただろうな……。
(一応付け加えておくと、私だけじゃなく、ほかにもグロッキーになっていたお客さんたちがいた)

ちなみにイルカは見られた。一頭だけ。
一時間半、沿岸をぐるぐるして、結局この日は二頭しか姿を現さなかった。
そのうちの一頭を見た。
スナメリというイルカで、灰色で、口がとんがっていなくて、背びれもない、ちょっとクジラかジュゴンみたいな体型のイルカ。

ま。
とにかく、犬吠埼灯台がよかったし、お昼のお寿司もおみやげの濡れ煎もおいしかったから満足。

船酔いのことは忘れたい……。
つらかった。

Todai3

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2008年5月 3日 (土)

国宝の魅力、威力

Hukasijo2前回につづき、日帰り松本散策の感想をば。

今回取り上げるのは、左の写真の場所、つまり、国宝・松本城。(クリックで拡大)
(正確には、敷地全体は史跡で、国宝指定を受けているのは天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓の五棟)

いやいやいや。
初めて訪ねたのだが、国宝の名に恥じないすばらしい遺産だった。
あれだけよく保存されていると、何を言う前にもやっぱり感動がくる。
すごい。
それに、天守の姿も非常に美しい。
あれを残してくれた松本の先人たちに対する感謝の念が素直に湧いてきた。

安土桃山後期~江戸初期に築造された天守は国内に一二残るといい、松本城の天守はその一つ。
内部に入って見学できるので、勿論入った。
入口のロケーションに既視感。会津の鶴ヶ城によく似ていると思った。

規模が大きいので、内部も見応えがあっていい。
が、日曜日のこの日、あいにくと中は大混雑。
展示品を見ながら順路にしたがってまわってゆくのだが、まるで人気の企画展のときに東京都美術館に行ったような状況で。
人の流れに乗って進むほかなかった。

基本的に、天守内部の階段はどこの城でも急勾配なわけで、松本城も例に漏れず。
でもって、天守四階から五階に上がるところの階段が最も急(六一度!)だと、係員の人がそばで注意を促していたのだが、この階段の最大の問題は、勾配もさることながら、その狭さ。
上る人も下りる人もおっかなびっくり、しかもすれ違うのが苦しい狭さのこの階段がボトルネックになっていて、おかげで四階フロア部分で大渋滞に。
松本に行くまでの道路は全然渋滞なんかしていなかったのに、天守の中で、階段を上るのを待ってニ十分以上も並ぶ羽目になろうとは(苦笑)。
五階から六階への階段も結構急で狭く、必然的にこの辺りは階段の前後で昇降ともに渋滞が起きる運命。

しかし、それでも満足した。

松本城、いい。これはおすすめだ。
各地の城をかなり見てまわった自分でもとても面白かった。城初心者の人でも勿論楽しいはずだ。

……これは自分の問題なのだが、今回少々悔しかったのは、時間の都合で、城の敷地内にある松本市立博物館を割愛したこと。
中にどんなものが展示されてあったのか気になる。

Hukasijo1

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2008年5月 1日 (木)

擬洋風建築にうっとり

Kaichigakko2久しぶりに擬洋風建築を見てきた!

擬洋風建築、大好きなのだ。
古墳やストーンサークル、城跡に煉瓦建築、看板建築、橋にダムなど、けっこう幅広く人工の構造物は好きなのだが、どうも明治期の擬洋風建築が頭一つ抜けて好きだ。
なぜか分からないが、よいのだよなあ、擬洋風建築。
正しい洋風建築より、よりグッとくるものがある。
……自分があらゆる意味で正統派でないからか?

そんなことはともかくとして。

今回の建物は、ずっと見たくてようやく見にいけた、旧開智学校!
今までに見た類似の学校建築に比べ、天井が高くて廊下も広々としていたのが印象的だった。

建物正面中央の車寄せの、いろんなものの混在ぶりがよい。一階が龍で二階がエンゼルってスゴイと思うのだが、どうやら、造っているほうには迷いがない。
もともとお寺の建物を形作っていた建築材など流用して建てられたそうで、なおのことイメージの混迷に拍車がかかっている感じ(笑)。内外ともに。
ちなみに内部には、改築のせいでトマソン物件になってしまった扉などもあった。

じっくり見学して、満足した。

開智学校を見にいった日は一日、松本市内をうろうろしたので、次回もそんな話を少々。

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2007年11月18日 (日)

夢二のアトリエ

Yumejia2榛名湖畔に復元された竹久夢二アトリエ(クリックで拡大)。
「湖畔の宿記念公園」のすぐ隣。
建物は小さいが、窓から湖と榛名富士がよく見える。

しかし、この立て札……。
高崎と榛名がいっしょになってもうしばらくたつわけだが、こう、文字で見ると改めて、「榛名湖は高崎市内なのかー」と思う。

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2007年10月31日 (水)

秋のプチ旅行・1

Notojimagm12先日。
ちょこっとだけ日常を離れて旅という名の現実逃避をしてきた。

目的地は「石川県能登島ガラス美術館」。
私は建物(設計:毛綱毅曠)、同行の友人はおもに展示物が目当て。

で。
この、能登島ガラス美術館が、最高によかった!!

なんだろうか……文章にしようとすると思考がまとまらないのだが、今までに見た現代美術館建築の中で、私としては、ベスト1に好きだ。
外観も内部も両方よかったのだが、内部は撮影禁止だったので、写真は外観だけ。残念。

とにかく、今回あそこに行ってよかった。ほんとうに。
企画展もおもしろかったので、非常に得した気分。
(写真は全てクリックで拡大)

Notojimagm3_2Notojimagm13

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2007年9月21日 (金)

日本で最初の

Seisijo1旧官営富岡製糸場を見学してきた。初めて。
知らないあいだに、富岡のまちなかに駐車場も整備されていて、以前とは隔世の感。
いっしょに行った若い子は「内部はあれしか公開していないんですねえ」と残念そうだったが、片倉時代の全く公開していなかったころを知る私としては「毎日、中まで入れるなんて!」という感動があった。

それに、はるばる出かけていって建物一つ見てくることが多い昨今の文化財見学のふつうのパターンに比べれば、富岡製糸場は敷地内に何棟もの建物があるので、それなりに見応えはあると思う。(明治村と比べちゃいけない)
尤も、彼女の言うように、今はまだそばまで近づけない建物も多く、内部まで見せているのはさらに少ないので、残念と言えば確かに残念。
貴賓室やブリューナー館も見られないし。
でも今回は、ラッキーなことに、片倉時代にかなりいろいろなところまで入れてもらったというカメラマンさんが同行していて、歩きながら話を聞かせてもらえて面白かった。

ということで。
個人的には、富岡製糸場は一見の価値はあると思う。
リピートするほどになるかどうかは、今後の整備次第か。



*メモ*
“日本で最初の”:『上毛かるた』に「日本で最初の富岡製糸」と謳われる。富岡製糸場は日本初の官営模範器械製糸工場だった。
旧官営富岡製糸場:「旧富岡製糸場を中心とした絹業文化遺産」として、世界遺産の『日本の暫定リスト』に登録済み
「富岡製糸場 世界遺産推進ホームページ」
http://www2.city.tomioka.lg.jp/worldheritage/index.shtml

Seisijo2

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2007年6月26日 (火)

行ってきた・1

Tenmei2オープンから十二年、ずっと行きたいと思っていて、ようやく行けた。
岐阜は養老、養老公園内にある奇妙なテーマパーク「養老天命反転地」。
あ。
今、「ようろうてんめいはんてんち」と入力して変換したら「養老天命反転知」と出た。
言い得て妙だ。
このテーマパークの作者である荒川+ギンズの狙いや希望のことを考えれば、“知”でもよいのではないかという気がする。

しかしながら。
今回、長年の希望だったその場所に到着した日。
――雨だった。
しかも、霧雨とかではなく、真剣に降っていた。
我々のほかにお客さんはほとんどいなかった。

この雨のせいで。
完全屋内である記念館は楽しめたが、それ以外は半屋外と屋外の建築物ばかりなので、全然ダメ。
一応傘を持って表をうろうろしたが、服や髪や靴が濡れただけだった。最悪だ。
背景にそびえる山に霧が巻くさまは面白く神秘的だったが……しかし……。
これは、もう一度こいという神の思し召しなんだろうか。

どうせ次いくなら、スニーカーでなく地下足袋を持っていきたいかも。
と、今回、実物を見て思った。予想以上に傾斜が急で、足場が怪しかったので。

このテーマパークの中にいると平衡感覚が狂うとは聞いていたが、実際行ってみたら、まさにそのとおり。
船に乗ったあとみたいな、まっすぐ立っているのに体が揺れる、という体験をした。



*メモ*
養老天命反転地の公式サイト
http://www.yoro-park.com/j/rev/
下の写真は記念館内のトイレ。
黄色いほうが女子トイレ。赤いほうが男子トイレ(貸し切り状態でほかに誰もいなかったので、中に入って撮ってきた。同行者は呆れていた)。
Tenmei6 Tenmei7

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2007年1月 3日 (水)

今さらながら

Shinnen07昨年十二月二十四日の記事に関連して。
そういえば、高崎市美術館の設計って、誰なんだ?(もうできてから十年以上経っていて、今さらなのだが……)
ということで、ちょっと検索してみた。

そうしたら。
あの建物の設計は、佐藤伸一+群馬県建築設計センター、だそうだ。意外に地味(すみません)。
プロポーザルかなにかを行って、ある程度名の知られた人が設計したのかと勝手に思っていたが、そうではなかったのか。
尤も、有名な建築家に頼んでお金をかけるのがすべてではないのはもちろんだ。
大体にして、私はけっこうあの建物が好きだ。採光の具合とか、防音がしっかりしているところも含めて。
……少々気になるのは、建物外観の頭部だが。

そうだ。
もう一つ、比較的うちから近いところで好きな美術館の建物に、富岡市立美術博物館(福沢一郎記念美術館)がある。
ファサードの雰囲気も好きだし、二階の通路の淡い明るさも気持ちがよい。中庭ごしに見る、屋根と屋根の重なり具合も絶妙。
あれは誰の設計だろうか?

と思って調べてみたら。
なんとびっくり、こちらは賞をたくさん受賞している建築家だった。
柳澤孝彦さん。
手がけた仕事がスゴイ。
竹中工務店東京本店設計部長時代に、MOA美術館、身延山久遠寺大本堂など。
新国立劇場の国際設計競技では最優秀賞を受賞。
真鶴町立中川一政美術館にて第15回吉田五十八賞受賞。
……ん? 中川一政美術館……?
あっ、思い出した。
『藤森照信の特選美術三昧』(TOTO出版)に載っていた、あの美術館だ。
そうか~……あれを造った人の設計だったのか、富岡美博は。
富岡美博も、もうできてから十年以上経っているのに、今さら知った。



*メモ*
柳澤孝彦さん代表の建築設計事務所「TAK建築」のサイト。
http://www.tak-archi.co.jp/hp_tak/tak-top.html
富岡美博の外観全体を引いて撮った写真がここに載っていた。おもしろい景色。
http://local.yahoo.co.jp/static/place/a110/11434.html
ところで、写真は、本文とはなんの関係もないが、近所の神社の正月の様子。

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2006年11月18日 (土)

十一月の雪

Tomiawake6某日。
山の上へ向かうにつれみぞれが雪に変わり、風と相俟って吹雪の様相。道は容易にはすれ違えない細さ、路肩には濡れた落ち葉。
同乗者と、「道は合ってるはずだよね!?」といい合いながら、ドキドキしつつ車を走らせ、さらに「え、ここ入るの?」というような道に入り込んでしばし。
無事到着したところは国指定重要文化財の、巨大な茅葺き屋根の農家、旧冨澤家住宅。

いやあ、緊張した。
さすがに群馬の平地住まいでは、十一月の半ばからスタッドレスタイヤには履き替えていないし。この日は、道に落ちた雪はどんどん溶けていたから大丈夫と判断したが、まかり間違って積もる様子を見せたら即引き返そうと思っていた。

そんな思いをして辿り着いた旧冨澤家住宅は、中之条地方を代表する大型養蚕農家(大規模型民家)で、江戸時代に建てられたもの。
蚕の「冷涼育」に合わせて設計されているため、高い屋根と風通しのよい二階が特徴だ。
今では、下の県道からはかなり上りあげないといけなくなってしまっているが、その昔はこの冨澤家の前を三国街道の脇往還が通っていたのだという。

迫力すら感じさせる、厚みのある茅葺き屋根は入母屋。
建物全体のフォルムは、正面から見ても斜めから見てもため息が出るほど美しく整っている。
土間の端に並ぶ厩がずいぶん立派で、数も多いなあと思ったら、冨澤家は、かつて馬を使った運送業も営んでいたそうだ。
太く立派な梁は、この家を建てた棟梁たちと当時の技術力を誇示して、化石燃料のエネルギー頼りで暮らしているひよわな私は圧倒されるばかり。
座敷から、開いた障子の向こうに雪の降る景色を見るのは、なんともいえず風情がある。
しんと静まりかえったなか、巨大な屋根の下で立っていると、長い年月を過ぎてきた建物の意思のようなものすら感じる。

運悪く冬型の気圧配置になんかなった日にこんなところへきてしまった、と当初は思ったが、この建物のずっしりとした存在感を噛み締めるには、こんな天気もふさわしいと思い直した。

帰りの車窓からは、サルの姿を見た。
中之条の町まで下りると空は晴れていて、ちらちらと“はあて”(風花)が舞っていた。

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2006年11月15日 (水)

明治の学校建築

Nakanojosiryokan2写真は、中之条町歴史民俗資料館こと、旧吾妻第三小学校校舎。
明治十八年(一八八五)築。木造二階建、寄棟造瓦葺、大壁造白漆喰塗。
大正七年(一九一八)まで小学校として使用され、その後昭和五十三年(一九七八)まで中之条町役場として利用されたそうな。

明治の学校建築といったら、旧開智学校(松本市)に旧中込学校(佐久市)、岩科学校(松崎町)など、私好みのステキなものがたくさん。
ということで、今回も、写真でしか見たことがなかった旧吾妻第三小学校にとても期待していったのだが、期待が大きすぎたのと、微妙に私の好みからはずれた建物だったのとで、やや拍子抜けしてしまった。

ただ、中にある資料の数は豊富だった。民具や和時計、手回し洗濯機から、カメラ、懐かしの温泉みやげ、動物のはく製、埴輪に勾玉、甲冑、刀剣、薬師堂の棟札まで、硬軟取り混ぜていろいろと。
一応テーマごとにまとめて陳列されているので頭が混乱したりすることはない。
それぞれの資料の貴重さの度合いにかなりの幅があるのはご愛嬌。

一階の、昔の教室風景を再現した部屋に古いオルガンが二台置いてあって、これは自由に演奏してよいと書かれてあった。私と連れが別の部屋を見学しているときに音が聞こえていたのだが、なにやら妙にうまかった。だれが弾いていたのか知らないが、ピアノかエレクトーンの経験者に違いない。

ちなみに、本館(旧第三小学校の建物部分)と隣接する新館では、企画展「戦国大名真田氏の成立」をやっていた。これは史料も立派なものが揃って、なかなかの見応えだった。



*メモ*
中之条町歴史民俗資料館の企画展「戦国大名真田氏の成立」は十一月二十六日まで
http://www.town.nakanojo.gunma.jp/~info/shiryokan/shiryokan8-2.html

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2006年10月21日 (土)

養蚕がつくった家

Sekineke1写真は、大室公園(前橋市)にある赤城型民家(旧関根家住宅)。移築復元したもの。
知識としては知っていた赤城型民家だが、実物は先日、初めて見た。
二階部分で養蚕をするための採光と換気用に、屋根の前面が一部切り落とされているのが特徴。

この写真ではわからないが、屋根が切り取られているところから煙が吐き出されていた。階下で燃している火から立ちのぼる煙だ。“いぶし飼い”という養蚕手法には、これが重要だったらしい。
その煙の中で二階をウロウロしていたら、人間薫製のようになってしまった。

関係ないが、人間薫製といえば鹿火屋だ。あそこで芋串を食べても人間薫製気分が味わえる(笑)。でも、人間薫製になってもよいから食べたい芋串。おいしい。鹿火屋のくず餅も大好きだ。芋串とくず餅と、いっぺんにはそんなに食べられないので、芋串をその場で食べて、くず餅は買って帰る。これで完璧。

……いや、芋串のことはおいといて。

群馬県の養蚕農家というと、“越し屋根”とか“櫓”などと呼ばれる小屋根が二階の大屋根の上に載った建物が有名だが、ほかにもこの赤城型民家や、榛名型民家といったものもある。いずれにせよ幕末ごろから、蚕の飼育法の工夫に合わせて現れたものだ。

私の小さいころは、村の中にも越し屋根つきの巨大な養蚕農家がまだたくさんあったが、徐々に建て替えが進み、今ではかなり数が減ってしまった。
祖父母に連れられて遊びにいった先の家が越し屋根つきの家だったりしたことも多かった、というような幼少時代を過ごした私としては、少々寂しい。



*メモ*
屋根の切り落とし部分をアップで撮った写真。煙が出ているのがわかると思う。
Sekineke3_1



越し屋根(櫓)つき養蚕農家とは、こういうもの(右側の写真の、上から三段目)
http://www.manabi.pref.gunma.jp/gllc/kyoiku/kinunomichi/tatemono/yousankankei/yousan1.htm
養蚕と群馬県の民家構造についての概説(写真は越し屋根つき農家)
http://www.pref.gunma.jp/e/04/sanen/sansi/sanshigyo-no-rekishi/you-san-minka/minkakouzou.htm

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2006年10月 2日 (月)

炭カル乾燥小屋見学記

Kansogoya10本日は、成りゆきで、きのうアップした記事のつづき。
というのは、あのように書いたあと、思い立っていってきたのだ、下仁田へ。

尤も、相変わらず“突然の外出”は苦手なので、今回も前日の夜に「行くぞー!」と心を決めて、多少準備をしたりしたわけだが。
まあ、そんなことはよい。
とにかく、愛車にガソリンを入れ、下仁田は青倉へ出かけてきた。

事前情報があったため、場所はすぐにわかった。
さらに、近くまでゆくと目的の炭カル乾燥小屋が目につくところにドンと現れるので、わかりやすい。
見た途端「おおー!」という感動がある。大きい。
後ろの山に、白と黒の縞模様の巨大な岩肌が見えているのもなにやら迫力だ。

工場の入口そばにあった大型車の旋回場だという路肩の空き地に車を止め、いつものデジカメと、今回はもう一つ、一眼レフのフィルムカメラも携えて、いざ。
入口は開放的ながら、バッチリ「関係者以外立入禁止」の看板が。見えているけれど見ないふりをして、てくてくと中へ。
休日なので操業はしていない。ひとけもなく、シンとしていた。

敷地に入った途端、右手に早くも目的の小屋の一つがそびえる。興奮しつつ撮影。
広角レンズではないので、近づきすぎると全体が入らない。草むらまで分け入って下がって、シャッターを押した。
この最初の建物(上の写真)はかなり横(奥行)に長く、見応えバッチリだ。二階建てで、高さも高い。途中、建物のつなぎ目で微妙に角度がついていて、それがまたなんともいえぬ絶妙な景観をつくり出している。
これ以外に、坂を上った先に、倉庫として現在も使用されている一棟と、木が白茶けているうえに壁などがなくなっている(?)ために骨組みの様子がよくわかる状態のものが一棟(骸骨っぽい)あった。あ、そうだ、配置図も描きとってくればよかった……反省。
倉庫群は、このひとかたまりのほかにもまだあるのかもしれないが、今回はちょっとわからなかった。なにしろ、あまり奥まで入っては悪いような気がして……。

それにしても、この乾燥小屋というのはなんてフォトジェニックな構造物なんだろう!
幾何学的に美しく、そのくせ妙に有機的な雰囲気がある。
産業遺跡見学は好きだが、産業遺跡は比較的、見ると寒々とした気分になるものが多い気がする。しかし、この炭カル乾燥小屋にはそういう圧迫感がない。
ただし、木製で雨ざらしなため、いずれも保存状態は悪い。そのせいもあって、積み木細工の印象がある。戯れにつついたら壊れそうな感じ。
そんなわけで、気持ちとしては中まで入ってじっくり観察したいところだったのだが、万一それでなにかあると困るので、外側から覗くにとどめた。
(ただでさえ敷地に無断侵入しているし……。このweblogを見てはいないと思うけれど、工場の方、すみません)

ひととおり撮影して、坂を下りながらもう一度最初の小屋の側面(個人的にはこの側面が一番美しいと思った)を見上げていたら、上から小型トラックが一台、下りてきた。
ありゃ、見つかっちゃった……。人がいたのか。
せめて申し訳なさそうに頭を下げたら、運転していたおじさんは、胡乱そうに見ながらも、窓を開けてなにかいうでもなく、そのまま去っていった。……よかった。
想像するに、ときどきこうやって乾燥小屋を見にきたり写真を撮ったりしている人がいるのではないだろうか。なんとなく、おじさんの表情に「またか」っぽいものを感じたのだが。

そんなオチがついたのだが、ともあれ、満足。
想像以上によかった。

Kansogoya4 Kansogoya5
Kansogoya7_1

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2006年9月15日 (金)

二階がステキ(松代3)

Yokotake8松代の話題第三回目は、旧横田家住宅について。

写真がそれなのだが。

一五〇石の松代藩士・横田家の屋敷ということで、現状は江戸末期の姿になっているそうだ。松代藩中級武士の武家屋敷の特徴がよく表れているという。
瓦葺きだった時期もあるらしいが、現在は茅葺き。
北側に通りがあるので、門(長屋門)や玄関(もちろん式台つき)は北を向いている。
母屋と隠居屋の二棟がメインの建物。母屋は一部二階建てで、南から見た姿はしゃれた感じでとってもステキ。
母屋・隠居屋の南側に泉水つきの庭。これは借景を活用。庭のさらに南に菜園。

今見ると住みたくなるような家だが、私の場合、それは住人が二~三人であればという条件つき(苦笑)。
おそらく、この家が現役だったころには、この大きくない家にけっこうな人数が暮らしていたのだろうが。ちょっとそれは勘弁だ。

家の中に、見たことのあるような人の写真がついたパネルが置いてあった。「おや」と思って文章を読んだら、やはり『富岡日記』(旧官営富岡製糸場での日々などをつづった、元伝習工女和田英の著作)の和田英(旧姓横田)だった。へえ……彼女はこの家で育ったのかあ。



*メモ*
『富岡日記』について紹介しているブログがあった。(「金児至誠堂」管理人:金児至誠堂さん)
http://gonji.at.webry.info/200603/article_5.html
そういえば、松代のまちなかのいたるところに「エコール・ド・まつしろ」と書いてあったっけ(どうも純粋な観光キャンペーンではないようだが。町民の生涯学習と観光客誘致をリンクさせようって感じの企画?らしい)。ちょっと調べてみたら、「エコール・ド・まつしろ」のホームページとかもあるし……。

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2006年9月 5日 (火)

桐生よいとこ

Suidoyama3ダムだの橋だのをも含め、建造物を見るのが好きだ。

というわけで、出かけたついでに見にいってきた。水道山記念館(桐生市)。

昭和七年の建築だそうで、瀟洒な感じなのにシンプルで、なかなかよかった。
もともとが配水場の事務所として建てられた日常使いのための建物なので、サイズは小さめで、適度な凝り方。

現在は、申し込みがあれば会議室として貸し出すとかで、部屋の中は自由に椅子に座れるようになっていた。
腰かけて、しばしぼんやり。
窓が開いているだけなのに、真夏よりも空気が乾燥しているせいか、中は涼しく。
広すぎない部屋、高すぎない天井、大きな窓から明るい光が入ってきて、とても居心地がよかった。

同じ桐生市内では桐生明治館の建物も好きだが(私は基本的に擬洋風建築が大好きだ)、桐生明治館はその来歴と構造ゆえか、見る者に少々威圧感を覚えさせるように思う。
それに比べると、水道山記念館はとても開放的で、親しみを持って訪問者に接してくれる。
(しかし、桐生明治館は、喫茶室で蓄音機を聴きながらコーヒーが飲めるというのがよい)

それにしても、桐生は、街の背後にいきなり山が迫っていて、何度訪ねても独特の眺めの街だと感じる。

帰りに寄ったケーキ屋のケーキも非常においしかったし、上述したもののほかにも鋸屋根の工場だの煉瓦建築だのいろいろとステキな建物が多いし、うーん、よいところだ、桐生♪

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2006年8月19日 (土)

市民の誇り?

Hikari先日、友人に誘ってもらって、久しぶりに群響(群馬交響楽団)を聴いてきた。二〇〇六サマーコンサート。
クラシックを生演奏で聴くのはとても好きだが、残念ながら演奏会の内容について語れるほどの知識も経験もないので、その話は書けない。ただ、カール・ライスター氏のクラリネットは、素人目(耳か)にもすばらしいと思った(ちなみにモーツァルト)。

演奏会をしたホールは、群響の本拠地である群馬音楽センター(一九六一年築/高崎市)。設計者はアントニン・レーモンド。
この音楽センターは、レーモンドの最高傑作との声もあるという。その“声”の妥当性は私にはわからないが、個人的にはかなり好きな建物だ。

外観を横から見たときの、山並みのような、鋸屋根のような独特の形がおもしろい。
内部に入った途端に目を引く、微妙な曲線が美しい階段。
二階ホワイエにあるフレスコの大壁画も、建物の気配に完璧に馴染んでいる。
それ自体が木霊みたいな造りのホールの内部は、客席の電灯が消えるときの様子など、じつにたまらない。

音楽センターは、市民運動が主導して建設を実現した建物だということで(傍らに立つ碑には「昭和三十六年ときの高崎市民之を建つ」と刻まれている)、群響とともに存在そのものが高崎市民の誇りだともいわれるが、実際に“和田のお城があったころから高崎在住(しかも中心部居住)”というような“生粋の高崎市民”に「そうなの?」と確かめたことはないので、本当のところはわからない。訊いてみたいとは思うが。
旧城下の老舗のご主人にでも訊ねれば、答えてくれるだろうか。



*メモ*
ちなみに、音楽センターはDOCOMOMO20選に選ばれている。
音楽センターの構造と設計について解説しているページ(構造を説明した図がおもしろい)
http://www.geocities.com/masa-m/arch/gunma/index.htm
トップはこちら「SPHERE~M.Murakami's Homepage」
http://www.geocities.com/masa-m/index.html
このページは内部・外観ともに写真が豊富
http://www.office-c3.com/architecture/kobetsu/kanto/1961gunma_ongakucenter/gunma_ongakucenter.html
トップはこちら「Office Ishii」
http://www.office-c3.com/index.html
音楽センターについての概要がわかるページ
http://www.ma-museum.com/gunma/takasaki/20-ongaku-c.htm
トップはこちら「山を歩いて美術館へ」
http://www.ma-museum.com/index.html

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