2006年9月17日 (日)

まとめに代えて(松代5)

Matusirojo7松代の話題第五回目は、まとめに代えて、勝手におすすめスポット紹介。

まず、松代へいったら見ておきたいのは、やはりなんといっても象山地下壕(松代大本営跡)。これは見応えあり。
ちょっと検索してもらえばいろいろな情報が出てくるので、事前にある程度調べてゆくと数倍興味深いはず。

真田氏贔屓の人には真田氏関係の遺構はまとめておすすめ(といっても、ここにあるのは近世になってからのものばかりだが)。
でも、真田宝物館には過度な期待は抱かないほうがよいかもしれない。
ちなみに、だいぶ昔のことなので記憶が不確か、かつ今もあるかどうかはわからないのだが、二か所か三か所共通の割引観覧券があったような気がする(新御殿と旧文武学校と宝物館か……?)。って、こんなあいまいな情報では使えないな。申し訳ない。

もっとずっと古い時代の歴史が好きな人には、謎も多い松代大室古墳群がおもしろいだろう。整備状態が非常に中途半端だが、知識と体力で補えばなんとか。
ただし、古墳を見て歩くつもりならば相応の準備が必要。どうもマムシも出るらしいので冬以外は要注意。ハチもいそうな雰囲気があった。暑い時期ならば水分補給も必要だろう。結果としてハイキングになるか藪漕ぎになるかはちょっと想像がつかない。

あとはまあ、これは興味のある人が見にゆけばよいと思うが、旧横田家住宅と象山記念館は二館共通割引観覧券があるので、使えばお得に見学できる。
民家が好きな人には、旧横田家住宅はおすすめ。



*メモ*
上の写真は松代城跡(海津城跡)。
こちらの二枚は、松代大室古墳群の積石塚古墳の保存・整備状態のよいもの。きのうの写真ではいくらなんでもイメージがわかないと思うので……。
Omuro1 Omuro3

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2006年9月16日 (土)

見渡す限り墓(松代4)

Omuro4松代の話題、第四回目。
きょうは、町からはずっと離れて、松代大室古墳群のことを書いてみる。

もらってきたパンフレットには、ただ「大室古墳群」とあるが、これだと前橋の大室古墳群と全く同じになってしまうので、以下では松代大室古墳群と書くことにする。

写真を見てほしい。ややわかりづらいが(クリックで拡大)、そう思って見れば石積みの跡がいくつも見えると思う。
これ、すべて古墳だ。
見渡す限り墓。
谷の中が全部墓。
埼玉の吉見百穴もすごいらしいが(残念ながらまだいっていない)、ここもすごい。

松代大室古墳群は、総数約五〇〇基の古墳群の総称で、平成九年に一部が国史跡に指定されている(五つの支群のうち、指定部分は最大規模を誇る大室谷支群)。
全体の七~八割が、国内では珍しい積石塚(つみいしづか)古墳だということで、確かに初見の印象は「うーん、朝鮮半島の香り」という感じだった。合掌形石室というのも、私はここで初めて見た(たぶん)。
江戸時代の文献にもこの古墳群の記載があるとのことで、明治以後かなりの回数の調査が重ねられ、現在ではおおよそのようすが掴めているようだが、それでも完全解明にはいたっていないらしい。

実際見てみると、とにかくすごい。古墳なんぞ見慣れている上州人の私でも、この規模と数には圧倒される。
ただし、一つ一つはごく小さい。

古墳群の位置そのものは高速道路(上信越自動車道)のすぐ脇なのだが、そこへ辿り着くまでの道は狭い。車どうしがすれ違えない場所も少なくない。入口は国道四〇三号線にあり、ところどころ誘導板が立っている。が、中には草木に覆われてほとんど見えなくなっているものもあって、非常に微妙な気分になる。
ちなみに、全体はまだまだ整備中で(将来的には史跡公園化したいようだが、先はだいぶ長そうだ)、大室古墳館というガイド施設だけがぽつんと立っているほかは、木立の中や藪の中に古墳が点在している状態(見学にゆかれる際は、くつに考慮を)。
でも、無料で入館できる古墳館の中はしっかり冷房が効いていた。お客は我々だけだったけれど。(古墳館にはトイレと自販機あり)

それにしても、長野の古墳は、山の上で偉容を誇っている森将軍塚古墳といい(あの地域には巨大な山上古墳がいくつもあるらしい)、ここといい、上州人の古墳に関する常識(思い込み、か)をひっくり返してくれる。

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2006年9月15日 (金)

二階がステキ(松代3)

Yokotake8松代の話題第三回目は、旧横田家住宅について。

写真がそれなのだが。

一五〇石の松代藩士・横田家の屋敷ということで、現状は江戸末期の姿になっているそうだ。松代藩中級武士の武家屋敷の特徴がよく表れているという。
瓦葺きだった時期もあるらしいが、現在は茅葺き。
北側に通りがあるので、門(長屋門)や玄関(もちろん式台つき)は北を向いている。
母屋と隠居屋の二棟がメインの建物。母屋は一部二階建てで、南から見た姿はしゃれた感じでとってもステキ。
母屋・隠居屋の南側に泉水つきの庭。これは借景を活用。庭のさらに南に菜園。

今見ると住みたくなるような家だが、私の場合、それは住人が二~三人であればという条件つき(苦笑)。
おそらく、この家が現役だったころには、この大きくない家にけっこうな人数が暮らしていたのだろうが。ちょっとそれは勘弁だ。

家の中に、見たことのあるような人の写真がついたパネルが置いてあった。「おや」と思って文章を読んだら、やはり『富岡日記』(旧官営富岡製糸場での日々などをつづった、元伝習工女和田英の著作)の和田英(旧姓横田)だった。へえ……彼女はこの家で育ったのかあ。



*メモ*
『富岡日記』について紹介しているブログがあった。(「金児至誠堂」管理人:金児至誠堂さん)
http://gonji.at.webry.info/200603/article_5.html
そういえば、松代のまちなかのいたるところに「エコール・ド・まつしろ」と書いてあったっけ(どうも純粋な観光キャンペーンではないようだが。町民の生涯学習と観光客誘致をリンクさせようって感じの企画?らしい)。ちょっと調べてみたら、「エコール・ド・まつしろ」のホームページとかもあるし……。

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2006年9月14日 (木)

お手本はもしや?(松代2)

Zkinenkan松代の話題の第二回目。

今回、久しぶりに松代を訪れて一番驚いたのは、まちなかのようすがずいぶん変わっていたこと。道が広くなったり、“歴史の道”のようなのを設けてあったりして、自治体が整備に力を入れているらしいことが如実に窺えた。

しかしながらその印象はといえば……こういってはなんだが、中途半端に小布施化している感じ(苦笑)。
べつに、池田満寿夫美術館の横に竹○堂があったからいっているわけではなく(でも本当にあった)、観光客を呼べるまちを目指していると思われるその整備のお手本が、もしかして小布施なのではないかと、部外者の目に映る、という話だ。

う~~ん……。
ごくごく個人的な意見をいえば、現状で十分かな、と。まあ、あと一息整備してもよいかもしれないが、完全小布施化は避けてほしいような気がするようなしないような……。
いやまあ、小布施は小布施でよいのだけれど。


ところで、写真は象山記念館。幕末の兵学者であり思想家でもあった佐久間象山(吉田松陰の師でもある)を顕彰した記念館だ。
以前に中は見学しているので、今回は入らなかったが、横を通ったので写真を撮ってみた。
パッと見は、昭和の香り漂う、とくにどうってことのない建物のようでもあるのだが、よく見ると、石垣の上にコンクリートの箱を載せたようなちょっと変なデザインで、無性に気になる。
……象山だから、なのだろうか? いや、まさかね……。

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2006年9月13日 (水)

地震を語る人(松代1)

Matusirojo8先日、七~八年ぶりに松代(長野県)にいってきた。
長野県の、比較的群馬に近いほうは、日帰りで遊びにゆくのに手頃なので、ときどき出かける。

で、今回はいろいろと感想もあるので、しばらく小出しに語ってゆこうと思う。
題して“松代ウイーク”? うーむ、なんて微妙なネーミング。
いずれにもせよ、ご用とお急ぎでない方は、よろしければおつき合いを。

さて。
松代といえば、象山地下壕(松代大本営跡)に象山記念館、象山神社、旧文武学校、新御殿(旧真田邸)に松代城(海津城)、旧横田家住宅、池田満寿夫美術館と、複数の観光ポイントがあるが、ほとんどが歩いてまわれる範囲に集中している。コンパクトな町という印象だ。
上信越道を挟んで反対側には川中島古戦場(八幡原史跡公園)があり、公園内には長野市立博物館も併設されているので、お出かけの際にはお好みによって組み合わせてもよいだろう。

で。
今回、最初にいったのは松代城(海津城)だったのだが。
敷地内ですれ違った中高年の団体客の中の一人の男性が、連れの女性たちに向かって松代地震(松代群発地震)について熱く語っているのが聞こえてきた。
……なんてマニアックな(苦笑)。
案の定、女性たちは「ふーん」という感じでほとんど興味がなさそうだった。熱心に話していた男性には悪いが、まあ、そんなところだろう。
私の身近にも地層や地震について詳しく語りたがる人がいるので、語るほうの気持ちもわからぬではないが……。
とりあえず、あまり万人向けの話題とはいえないと思う。

ところで、肝心の松代城跡だが。

城としての全体の構造がかなりよく残っていて、ところどころは江戸末期の姿に復元してきれいに整備されており、期待以上によかった。
現在は公園になっていて、入園無料。トイレも新しい。
城跡見学用の駐車場は北側に専用のものがあるが、すぐそばにある池田満寿夫美術館に寄るつもりなら、そこに車を置いて城跡も一緒に見にゆけばよいかもしれない。

千曲川の流れを傍らに置いた平城で、巨大な石垣や白堊の天守などはないが、敷地も眺めも広々として、これはこれでなかなかの気分。
……というか、私の場合、もちろん犬山城(愛知県)や鶴ヶ城(福島県)のような城もよいのだが、箕輪城(群馬県)や荒砥城(長野県)のようなのもとても好きだし……うーん、要するに、ロマン的想像(妄想?)を喚起する場所ならけっこうなんでもよいのかもしれない。



*メモ*
松代群発地震(ウィキペディアなので、リンクがうまく張れるかどうか……)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BB%A3%E7%BE%A4%E7%99%BA%E5%9C%B0%E9%9C%87
荒砥城の写真がないかと思って検索していたら、城跡の情報が豊富なサイトを見つけた。写真も多くて、見ていると思わず出かけたくなる。(「埋もれた古城」管理人:ウモさん)
http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/index.htm

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